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幕の間の出来事21: 梅原龍三郎@東京国立近代美術館
 


私は自分の作品に就いて語る事を好まない。作品が独り凡てを語るものでなければならない。然し私の不幸は自分の作品が余りに雄弁でなさ過ぎる事である。私の夢みる処は余りに多く、表現し得る処が余りに少しである。そして表現のみが作品の価値を決定するものである事を知つて悲哀である。 私の大いなる幸福は、私の作品の上に私の夢みる処をよく見透して私の夢と努力に同情ある多くの友を持つ事である。私はしばしばほめられ過ぎて恥しく思ふ。そしてそれ等の友情に酬いる為に倒るる迄努力して後世其人達が不明でなかつた事を希ふのである。

梅原龍三郎 (『梅原龍三郎』春鳥會昭和12年)


2007年12月24日まで東京国立近代美術館における所蔵作品展「近代日本の美術」の4階特集コーナーにて梅原龍三郎の1910年代から70年代までの作品10数点が展示されています。 梅原龍三郎は昭和を代表する画家です。同時代に生きた数多くの文化人に敬愛され、与謝野晶子や志賀直哉、武者小路実篤、白洲正子などの残した文章から、どれほど魅力的な人物だったかがうかがえます。


「彼は何処までも彼であり、自分である事に恐れを持っていない。彼はレオナルド・ダ・ヴィンチさえ恐れていない。(中略) 彼は正直である。自分の世界に忠実であり、自分の仕事に全力を出し切っている。彼の画には一つの画に何年もかかっているものがあり、即興的にすぐ出来たものもある。彼の画は一目してわかる。彼の特色が思い切って出ているから。」

武者小路実篤 (「梅原龍三郎」『三彩』昭和44年)より


「今年の春、梅原夫人が急逝された。先生は表立って誰にも報せず、荼毘に付された。先生は火葬場にも行かず、夫人のお骨が自宅に戻ってくると、遺骨の花に埋もれた様子を大きな画布に描き続けられた。己れの深い悲しみを抑えての画家としての鎮魂の営みであったのだろう。(中略) その後で、平素、梅原夫人に優しく親しくしていただいた少数の人たちを梅原先生が招んで下さって、夕食をご一緒した。その席で、先生は、私は不人情者だから、少しでも早くこの気持ちを諦めて、絵を描くことに没頭したい、と挨拶しながら泣いておられた。」

今泉篤男(「梅原龍三郎先生の近作」『梅原龍三郎展』朝日新聞社1977)より

 

 
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